勝つために必要なのは戦略だ 小比類巻貴之さん
かつて日本で大きな注目を集めたK-1 WORLDMAX。この舞台を盛り上げたのが、小比類巻選手と魔裟斗選手の2人と言っても過言では無い。
今までに4度の日本チャンピオンに輝いた小比類巻選手は、どのようにして「勝ち」へ向かったのか――。戦いに挑むまでの思考、何度も挑み続けるその姿勢は、「勝ちたい」と思っている誰にでも勇気と希望を与えてくれる。
勝利を目指す人の背中を押してくれる内容です。
プロフィール
小比類巻 貴之(こひるいまき たかゆき)
格闘家。小比類巻道場(東京恵比寿、青森三沢)代表。元格闘技イベント『Krush』解説者。K-1 WORLD MAX日本代表トーナメントにて史上最多の三度優勝、「ミスターストイック」と呼ばれる。現在はプロ選手育成、一般への指導の他、解説業、企業講演などを行う。著書に『あきらめない、迷わない、逃げない。』(サンマーク出版)
格闘技との出会い
中学校1年生の時に強くなりたいと思いました。きっかけは中学生の時にした腕相撲。当時の僕は、背も高くて足も早かった。だから、勉強は負けるかもしれないけど運動は絶対に負けないという自信がずっとありました。ただそんなある時、友達と腕相撲をしたら負けてしまった。運動抜群だったのに、なんで負けたのだろう。「イェーイ、小比類巻に勝ったぜ」というのがすごい屈辱でした。
どうやったら腕相撲で勝てるかを調べたら腕立て伏せが効果的と知り、家に帰ったら何回やったのかというくらい毎日腕立て伏せに励みました。その後、腕相撲をしたら勝てるようになっていき、クラスで一番強くなりました。ただ、本当の強さってこれではないと思い、もっと強くなるにはどうしたらいいのかを考えました。
その当時、パソコンがないので本屋さんで格闘技雑誌を見つけました。そこにはたくさんの格闘技が載っていて、「こんなにも強くなる方法があるのか!」と。出会った時に震えが止まりませんでした。そこから、どんどん格闘技の世界にハマり好きになって「いずれここに載っている人と戦おう」と思いました。
ただ、週3回通っていたのは田舎の道場。練習相手は先生ともう一人のたった二人だったので、独学で毎日練習しました。18歳でプロの格闘家になろうとキックボクサーのプロテストを受けましたが、顔面パンチをくらってしまい不合格。「プロは無理だな」と思って一度は地元に戻りましたが、距離感の大切さを思い出してもう一度挑戦したところ合格。1年目の19歳で日本チャンピオンを倒し、やっていったらトントン拍子でこの世界にいました。
K-1全盛期の時代を駆け抜ける
僕がやっていた頃のK-1は今と経営が違っていて、毎年年末に放送されるくらいすごいブーム。僕も試合をすると日本中の4人に1人がテレビを見ている状況でした。試合後に無傷だということで買い物に行くと、声をかけられたり追いかられたり、そんな人気がありました。今は誰も声をかけてくれませんが(笑)。K-1が大ブレイク、そんな時代に戦っていたのです。
リングの上で戦うときは条件が一緒です。トランクス一丁でグローブをはめて体重も一緒。約50日間で15キロの減量をして試合に出ました。とにかく同じ条件でないといけません。格闘技界では体重が5キロ違うともう雲泥の差で、重い方が圧倒的に有利なのです。
須藤元気選手との試合は大番狂わせだったという。予想をしていなかった裏拳をくらいダウンをもらったものの、絶対的に自信のあるローキックを貫き通して勝利を掴んだ
きっと会社の経営となると条件が違うでしょう。会社の場所、歴史、人材の質、そういった条件が違う中でどのように戦略を立てていくかを考えると思いますが、格闘技は全く同じ条件で戦うのです。では腕力やスピードなど、結局、能力が優れている人が勝つのか?というとそういう訳ではありません。よく大番狂わせという言葉がありますが、格闘技ではよくある話。これはつまり戦略なのです。
戦略があってこその格闘技
だいたい試合の50日前に対戦相手が知らされます。例えば「オランダのアルバート・クラウス選手です」と。僕は身長181cmで彼は175 cmだから、距離感は僕の方が取れるから中に入らせないようにしよう。筋肉は彼の方があってパワーでは劣っている。スピードは僕の方が優っている—。こういう風に相手が決まったら、1~2日かけて相手の映像を見て徹底的に分析をしていきます。基本的にはパワー、スピード、リズムがポイントとなります。
格闘技にとって大切なのは、軸と重心。
軸とは人にとってセンターのこと。構えた位置で、頭のてっぺんからお尻まで真っ直ぐになっているか。それが崩れる人は絶対に弱い。一方で、軸がしっかりしている人は、どんなことがあっても崩れないので打ち返すことができます。
あとは重心。ヘソの下の丹田に重心が乗っているか。そうするとしっかりと地面を使えるようになる。たとえば、肩に力が入っていると重心は浮き、軽いパンチになってしまいます。これが地面に置くことで、地面を使えるようになって強いパンチを繰り出すことができます。
ミスターストイックと呼ばれた現役時代のしんどさをさらけ出しています
そして、対戦相手と戦うために大切になるのが距離間と呼吸です。
僕は当てることができるけど、相手は当てることができない。この距離感を忘れてしまうと相手のペースになってしまいます。
呼吸とはリズム。相手が早いリズムで来られるとしてのペースに持っていかれてしまう。早いリズムなら自分も上げておいて、イーブンからの試合運び。相手のリズムが遅い場合は、自身のペースをあげてみる。
相手の距離感を読みながら、相手のリズム感を読む。そして、軸がしっかりしていて崩れない重心があれば、身につけた技が使えるようになってくる。そうして、戦略を立てていきます。
リング上の戦いにおいて、戦略の重要度は何パーセントか。僕からすれば、80~100%戦略が一番大事だと思います。格闘技をテレビで見ると、喧嘩が強い人や気持ちが強い人が勝つのではと思いがち。ただ、対戦相手を知り尽くして、いかに準備をするのかが重要です。準備することが戦略なので、80~100%勝敗が決まると思っています。
魔裟斗選手との試合で学んだ最大の敵
僕は3回、魔裟斗選手と戦いました。
1回目は僕がひざをお腹に入れて、ダウンを3回とってKO勝ちしました。
2回目は異様な雰囲気の試合でした。決勝戦なので通常は「わーっ」と大きな歓声が上がるにも関わらず、シーンとなっていた。ミットを打ち合う音しか聞こえないのです。何なのだろうと思ってこちらもテンションが落ちてしまい、「来たら返す、来たら返す」とやらされている感じでした。その試合は手数の差で、負けて準優勝に終わりました。
そして3回目の試合。一勝一敗同士で三度目の正直ということで、K-1 WORLD MAXの中では一番高い視聴率でした。結果から話すとダウン1回取られて負けてしまいました。
1、2ラウンド目の調子は良くて戦略もバッチリでした。ただ、3回目にあまりに楽勝と思い、「もっと追い詰めて、ダウンを1つでも取れば完全勝利。これで過去が全て消える」。僕の中に驕りが出てしまい、大事な間合いを詰めてしまった。そしたら、相手が「あれ、小比類巻の得意なキックがなくなった」と思ったのでしょうね。いきなりお腹にパンチ・膝蹴りが入って「うっ」となり、鼻にパンチが当たりダウン。トレーナーと何日間もかけて作り上げた戦略を僕が無視してしまったのです。ダウンを取られて残りの時間は1分もなかった。それで、魔裟斗選手との戦いは終りました。
魔裟斗選手との最後の戦い。強さと強さのぶつかり合いに目が離せません
試合後「もう喧嘩をするのはやめよう』と魔裟斗選手から一言もらいました。これって勝ったから言える言葉ですよね(笑)。ただ、横浜スーパーアリーナ超満員の暖かい声援。春の桜が散ったような雰囲気で、声をかけられて、「そうだな」と返事をして肩を抱き合ったのを覚えています。
50日前に試合が決まった時に油断をしていけないと思っていました。ただ心のどこかで「50日の中で戦略を完璧に作り上げた」という驕りがあったのです。だから、常に緊張感と「もし、◯◯があったら」という考えが必要だと感じています。いけると思っても、やはり最後まで油断をしないことが大切です。
ゾーンに入るとは
初めて戦う人やデビュー戦の人は、自分の心と対話をしている。「まだ、スタミナ大丈夫だな」「パンチが当たった」「キックダメだったな」と。
レベルが上がると、対戦相手の気持ちが読めるようになります。たとえば、パンチが当たったと思ったら「相手が嫌がったな」「相手がブロックした、何を嫌がっているのだろう。次は他の攻め方をしてみようか」と相手の心を読むようになります。20~30戦くらいを重ねると相手の気持ちが読み取れるようになります。
そして達人級、50戦くらいになると、試合のスポットライトから試合を眺めている。言い換えれば、ストリートファイターを操作しているような感覚です。「距離感が悪いから押し返そう」『相手のダメージは結構溜まっているからもう少しだな」とわかってくる。
戦う中で焦ってしまうと、自分との会話になってしまいます。セコンドの人の役目は、それに対して「お前、大丈夫だよ。気にするな。お前の目的は足一本だ」と声をかけて、本来の自分を取り戻してあげるのです。達人級は、自分で言われなくてもわかっているから「やることって◯◯ですよね」とセコンドの伝えたいことと一致します。
現在参議委員であるアントニオ猪木さんは、一世を風靡した元プロレスラー
さらに上回る人がいる。例えば、アントニオ猪木さんは「東京ドームの一番上の人に座っている観客。米粒のような見えない人に伝えろ」と言っていました。戦っていながら、「俺の戦いで伝えたいのはこういうことだ」というのを訴えろというのです。そうすると、東京ドーム会場全体が「この人かっこいい!」「この人の試合を見にいくと元気になれる!」「明日からまた頑張ろう!」という空気に包まれる。そう思ってもらえるのがプロなのです。
だから僕は、全国テレビで生放送をされたら日本を全部見ないといけない気持ちになりました。「北海道の全く知らないところの人にも伝えないといけない」。そういう気持ちになると、鼻が折れた、肩が脱臼したくらいで倒れていられませんでした。
目標をブラさずに到達するには
現在は現役を引退して選手を育てています。当然ながら選手一人ひとり性格、出身地、好きなものも違う。ただ、彼らが決まって言う言葉が「チャンピオンになりたい」。チャンピオンになったら、「お金はもらえるし、有名になれるし、女性にもモテる」と。
ただ、少し強くなると女性にモテ始めるのですよね。ちょっと頑張ったら、思ったよりも強くなる。そうなると、周りからいろんな情報が入るようになります。たとえば、「この間の試合頑張ったからご飯に行こうよ」と軽い言葉に乗っかる。食事後は、女の子に会いに行って——。目標を目指している過程で間違いなくいろんなものが邪魔してきます。これらを絶対に排除しなければいけません。
余計な情報を入れないようにすると、目指していた情報がたくさん入ってくるのです。
またチャンピオンを目指していたら、「いかに愛せるか」が大切だと思っています。いかに愛して、たくさん時間をかけて考えて、チャンピオンになるための情報をたくさん入れれば、逆に迎えに来てくれると思う。
格闘技以外の例をあげると、男性が好きな女性のために行動していれば、振り返ってくれるかもしれない。その愛情を返してくれるかもしれない。
もう一つ信じているのが勝利の女神。「ジェントルマンになることだ」と選手たちにいつも言っています。たとえば、「椅子を譲ってほしい人がいたから譲った」「チケット買うのに悩んでいる方がいたから教えてあげた」「目の見えない方がいたから誘導した」とかそんなちっぽけなことでいい。あるいは、「練習前に誰も掃除しないところを掃除する」や「毎回、使ったグローブは感謝を込めて磨く」など。これら選手の行動は必ず勝利の女神が見ていると思っています。
チャンピオンになりたいというのは、自分自身の単なるわがまま。わがままを叶えたいと言ったら、周りの力、格闘技の神様の力も必要。格闘技の神様は「この人がふさわしい」とチャンピオンを選ぶと信じています。
最後の最後3分3ラウンド勝負がつかず、延長戦になるギリギリの試合。最後の最後に勝たしてくれるのは、勝利の女神をいかに振り向かせているか。だから選手には「かっこ悪く生きるなよ。勝利の女神は女性だぞ。ダサい男には絶対に振り向かないから、かっこよくしておけ」と伝えています。常にかっこよく男らしく、そして人を助ける力を持っている人になれば、勝利の女神が振り返ってくれると思います。
皆さんも、とにかく「これだ!」と思ったものを信じて愛してやってください。
できる人の共通点
今後、皆さんが仕事をしていく上で経営をすることに関わることがあったらどんなことに期待をするかをお伝えして終わりにしたいと思います。
僕はいま、東京恵比寿のジムにてプライベートレッスンで教えています。僕が担当しているのは20人で全員経営者。経営者の方がやっていること、それは全て「準備」だと学びました。
優れている人は100%の自信を持って自分を作っている。たとえば、どこかで契約した時に、何を質問されていてもすぐに返せる。「大丈夫ですよ」という安心感があるのです。
もう一つは、人の接し方が違います。中にはイケイケのタイプの方もいますが、人をしっかり理解していて一緒にいて居心地がいい。
今日は僕が今までやってきたことと、ジムをやらせてもらって経営をしていくうえで経営者の方々から勉強をさせてもらい感じていることをお伝えしました。今後みなさんにも、素晴らしい経営の素質と人間性を持ってこれから挑んでいってほしいです。ありがとうございました。
お話を終えて
お話を聞く前は、「格闘家って別世界なのでは」と思うところもありました。しかし実際にお話を聞いてみると、どんな人でも通ずる「日頃の徳の積み重ね」や「事前準備の習慣」などを教わりました。
才能だけではなく、日々の努力があるからこそ勝ち続けられる。小比類巻さんの勝利の秘訣を垣間見ることができました。
格闘家のように、どんな時も浮足立たず地に足をつけてドッシリと構える。そんな姿勢を思い出していきたいものです。